明治初期の外交と自由民権運動(1880年代) センターと私大日本史B・近代で高得点を取る!
目次
Ⅰ明治時代初期の外交
Ⅰ明治時代初期の外交
清との外交
日清修好条規(にっしんしゅうこうじょうき):対等条約
琉球の領有権を巡って対立
領土問題は日清戦争まで解決しなかった
朝鮮との外交
当時は鎖国政策を取っていた
1875年:江華島(こうかとう)事件をきっかけに朝鮮を開国させる
1876年:日朝修好条規を締結 領事裁判権や関税免除など不平等な内容を持つ条約
ロシアとの外交
1875年:榎本武揚を公使としてロシアに派遣し樺太(からふと)・千島(ちしま)交換条約を結ぶ
千島列島を日本領土とする代わりに樺太がロシア領であることを認めた
その他の領土問題
Ⅱ自由民権運動 1880年代
明治政府は西南戦争の戦費を賄うために不換(ふかん)紙幣を大量に発行した
インフレーションが起こり政府は財政難に陥る
1881年:大蔵卿の松方正義(まつかたまさよし)がデフレ政策をとる
当時は大臣のことを卿と言っていた
軍事費以外の財政を徹底的に切り詰める緊縮財政を実施
米や生糸の価格が暴落し農民の生活を圧迫した
生活が苦しくなった自作農は土地を手放して小作農になる
自作農が手放した土地を買った地主は巨大化し自ら耕作しない寄生地主になる
激化事件
農民が政府のデフレ政策に対して反発する
三島通庸(みしまみちつね)の圧政に対する反発として福島事件が起こる
高田事件・群馬事件・加波山事件・秩父(ちちぶ)事件なども起こった
これらを激化事件と呼ぶ
政府は徹底的に弾圧を行う
自由党は弾圧を恐れて解党
立憲改進党も大倉重信らが脱党
日本銀行の設立と銀本位制
松方正義が銀行制度改革を行う
国立銀行条例を改正して、国立銀行が紙幣を発行できないようにする
日本はすべての紙幣を銀と交換できる銀本位制を確立する
内閣制度の始まり
1885年に内閣制度が始まる
伊藤博文が初代総理大臣になる
大同団結運動=民権派の団結を行う団体
民権運動が盛り上がる
三大事件建白運動=外務大臣井上馨(いのうえかおる)の外交政策の失策を追求する事件
政府は1887年に保安条例を出して民権派を皇居から3里以遠へ3年間追放した
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